Lyda Coppola(ライダ・コッポラ)はトリエステ出身の母とナポリ出身の父の元で生まれた。
ベニスの美術アカデミーでの勉強の後第二次世界大戦の最後の年、ミラノへ行きコスチュームジュエリーに
関する基礎を学んだ。
彼女の真のデビューはパリにおいてであった。
会社は1946年から活動していたが、1948年にファスとスキャパレリとの共同制作で、商業的な成功を収めた。
ライダは結婚後、“Toppo”という姓を付け加えている。
1940年代末頃よりアメリカ市場向けの特別のコレクションを制作。
1950年代末のクリスタルファッションの爆発的人気と共に大成功する。1972年ライダの引退後、ブームは去り、
工房は1986年まで続けられたが、それ以来商標は使われなくなった。コッポラ・エ・トッポのジュエリーは非常に
高度な工芸的品質を持ち、ムラノグラスや珊瑚などの典型的なイタリアの素材を新しい組み合わせで蘇らせた。
制作は15人程の人々によって行われ、一年で僅か60型程度しか制作されず、ほとんどはイタリアとフランスの
クチュリエより依頼されたものであった。